東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2488号 判決
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人らが当審において拡張した請求を棄却する。
控訴人らの当審における予備的請求を棄却する。
当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする。
理由
第一主位的請求について
一 当事者
主位的請求原因1項の事実のうち、尾方商店が衣料品の小売りを業とする会社であることは当事者間に争いがなく、その余の事実は原審証人尾方義孝の証言によりこれを認めることができる。
二 本件代理受領契約について
1 ≪証拠≫によれば、昭和五一年一二月一四日現在の控訴人らの尾方商店に対する各債権額は、主位的請求原因2(一)(1)記載の各主張金額を下まわるものではなかつたことが認められ、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、同2(一)(2)の事実及び当審における主位的請求原因の補充3項の各弁済の事実が認められ、右各認定に反する証拠はない。
2 主位的請求原因2(二)の事実は当事者間に争いがない。そして、原審証人尾方義孝、同朝田和嘉の各証言によれば、本件代理受領契約は、当時、横浜ステーションビルが尾方商店との間で同商店の有する入居保証金返還請求権に質権を設定することを特約で禁じていたため、質権設定にかえ、被控訴人において尾方商店に代わつて右保証金を取立てこれを自己の債権の弁済に充当しうるものとするとともに被控訴人の同意なくして解約はできない旨を約し、これにより被控訴人の尾方商店に対する債権を担保することとしたものであることが認められ、したがつて、この契約は、右保証金返還請求権を債務者の一般財産から逸出させる効果を有するというべきである。なお、被控訴人は、本件代理受領契約は実質上、昭和五一年一一月上旬までに成立していたと主張するが、≪証拠≫によれば、被控訴人と尾方商店との間では右契約締結の話は同年春ころからあつたが、右保証金返還請求権について、すでに横浜銀行との間に代理受領契約があり、尾方商店が被控訴人と代理受領契約を締結するためには横浜銀行との間の右契約を解約すること及び第三債務者の横浜ステーションビルの承諾を得ることが必要であり、これらの問題が解決した昭和五一年一二月一四日の時点で契約書(乙第七号証)をはじめて作成したものであることが認められるから、右契約は実質的にも同日成立したというべきであり、原審証人朝田和嘉の証言も右判断を覆すに足りるものとはいえない。
3 そこで、昭和五一年一二月一四日の時点で本件代理受領契約が尾方商店の当時の債権者を害する行為であるといえるかどうかについて判断する。
(一) ≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、昭和五一年一二月一四日当時、尾方商店は都内などの貸ビルに十数店舗を出店し、婦人服を中心とした衣料品の小売営業を平常どおり行つていたが、仕入先などへの買掛金(未決済手形分を含む。)約一億円、金融機関からの短期借入金約一億八〇〇〇万円、長期借入金約六〇〇〇万円など多額の負債をかかえ、他方、その営業形態からしてみるべき固定資産は殆んどなく、主な資産である総額約九〇〇〇万円の貸ビル入居保証金(返還請求権)は本件横浜ビル入居保証金の分を除きすべて借入金の担保になつており、また約五〇〇〇万円の定期預金、定期積立金もその殆んどが借入金の担保目的としてなされたものであつて、結局、一般債権者の共同担保となりうるのは、仕入価格で約九〇〇〇万円(倒産のためとして換金処分するとなると売値はその一割強となる。)の在庫商品及び店舗賃貸人から受領すべき約二〇〇〇万円の売掛金だけであり、かなり大幅な債務超過の状態にあつたこと、また当座預金が少なく、仕入先などへの買掛金は手形で支払い、その決済資金は被控訴人その他の金融機関から期限二ないし三か月の短期の手形貸付をうけて調達し、その後の売上金でその短期借入金を返済するという苦しい資金操作をしていたことが認められ、右認定に反する≪証拠≫の記載部分は前示の各証拠に照らし、直ちに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) しかし、さらに検討するに、≪証拠≫によれば、被控訴人は尾方商店に対し昭和五〇年九月ころから手形貸付の方法で弁済期二ないし三か月の短期の運転資金貸付を行い、他方、同年七月に五〇〇万円、同年一二月に八〇〇万円の各長期(最終弁済期三年後)証書貸付も行つており、昭和五一年四月初めにはその貸付残額は合計五〇〇〇万円に達していたが、これに対する担保は担保目的でなされた合計約一一〇〇万円の定期預金、定期積立金と代理受領契約の目的である約五五〇万円の新宿ステーションビル入居保証金とがあるだけであつたこと、そこで、同月七日に三〇〇万円、同月一七日に五〇〇万円のそれぞれ弁済期の到来した手形貸付金の返済をうけ、同日尾方商店からこれに見合つた八〇〇万円の手形貸付を申込まれた際、被控訴人は同商店と交渉し、これら一連の貸付金債権を担保するために、横浜ビル入居保証金について代理受領契約を締結すること、新谷ビル入居保証金(返還請求権)に質権を設定することを右貸付条件として提示し、同店がこれに応ずる意向を示したため、同月一九日八〇〇万円の手形貸付を行つたこと、その後、被控訴人は同月一二月一四日までの間にも、同様な形態での短期の手形貸付を反復し、さらに、昭和五二年四月に尾方商店が倒産するまで、右のような貸付が反復されて、右倒産時点では手形貸付金残額が四七八〇万円に達していたこと、これら手形貸付金は同商店の運転資金として支払手形の決済などに費消されたことが、それぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、前記横浜ビル入居保証金は、昭和五一年四月当時、尾方商店の横浜銀行に対する債務のために同行と代理受領契約が締結されていたため、その解約に手間どり、また本件代理受領契約に対し横浜ステーションビルの承諾を得る必要もあつて、本件代理受領契約が同年一二月一四日に至つて成立したものであることは前記認定のとおりである。
(三) 以上の認定事実によれば、尾方商店は昭和五一年一二月一四日当時、一応平常どおり営業していたとはいえ、債務超過状態で、とくに、その一般財産はその一般債権者の債権を弁済するにははるかに足りない状況になつており、その中で横浜ビル入居保証金はかなり重要な財産であつたから、本件代理受領契約が一般財産を減少させる効果を有することは否定することができないが、同時にそれは、同商店の営業継続に不可欠な支払手形決済などのための運転資金を引続き借受け、資金繰りを円滑にする目的でなされたものであり、しかも現に本件代理受領契約成立の前後を通じ被控訴人の手形貸付が実行されて支払手形の決済などに費消されたのであり、被控訴人の貸付金総額からみれば、本件代理受領契約締結後においても、被控訴人の有する担保は半額にも達していないこと、横浜ビル入居保証金が従来も横浜銀行との代理受領契約の対象になつていたことなどをも勘案すると、本件代理受領契約をもつて、尾方商店の他の債権者を害する行為であると判断することはできないというべきである。
二 本件弁済行為について
1 ≪証拠≫によれば、主位的請求原因3(一)の事実が認められ、右認定に反する証拠はなく、当審における主位的請求原因の補充3項の各弁済があつたことは前判示のとおりである。
2 主位的請求原因3(二)の事実は当事者間に争いがないので、本件弁済行為が尾方商店の当時の債権者を害する行為といえるかについて判断する。
(一) 尾方商店が昭和五二年四月一八日不渡手形を出して倒産したことは当事者間に争いがない。そして、≪証拠≫によれば、右倒産時の尾方商店の負債は五億円以上、尾方商店の仕入先である控訴人らが構成した債権者委員会に届出された仕入先関係の債権だけでも一億五〇〇〇万円以上であつたのに、貸ビル入居保証金、銀行預金などはほとんどすべて金融機関に対する担保の目的とされており、みるべき資産は約二万点(仕入価格で五〇〇〇万円ないし六〇〇〇万円)の在庫商品及び店舗賃貸人から受領すべき約二〇〇〇万円の売掛金だけであつたこと、昭和五二年六月五日ころまでには、右在庫商品のうち約一万点が一部の債権者により持ち去られ、債権者委員会が残された約一万点を売却したもののその代金額は三三〇万円にすぎなかつたことが認められ、右認定に反する≪証拠≫の各記載部分は前示の各証拠に照らし、直ちに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 他方、≪証拠≫並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、前示の昭和五一年四月一九日手形貸付時の合意に基づいて、同月三〇日、尾方商店との間に一連の貸付金債権の担保として新谷ビル入居保証金返還請求権に質権を設定する契約をし、そのころ、尾方商店は第三債務者新谷喜市外一名の質権設定承諾書(乙第六号証)を被控訴人に提出したこと、尾方商店倒産後、右入居保証金が浅草税務署長により国税滞納処分で差押えられたことから、被控訴人が新谷喜市に確認を求めたところ、昭和五二年六月初めころ右承諾書の承諾部分が偽造であることが判明し、そこで、被控訴人は、尾方商店とあらかじめ合意のうえ、同月五日、浅草税務署が右入居保証金から滞納家賃、補修費を差引いた残金一〇〇万四八四八円から国税四八万五二八九円を滞納処分で徴収した後、尾方商店がその残金五一万九五五九円の返還を受けた際、貸付金の一部として本件弁済をうけたこと、尾方商店は右残金返還について他の債権者には知らせていなかつたこと、右六月五日当時、被控訴人は尾方商店に対し、手形貸付分だけでも三九〇〇万円以上の残債権を有していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 以上の認定事実に基づいて考えるに、本件弁済行為は必ずしも右質権設定契約による質権の実行としてなされたものとは言い難いから、詐害行為性の成否が問題になる余地がないでもないが、右質権設定契約により、被控訴人としては、右入居保証金が一般債権者の共同担保から離れこれを自己の担保の目的として取得しうるものと考えていたところ、右質権設定について対抗要件を具備する義務を負う尾方商店が右義務の履行を怠つたため、右入居保証金について国税債権に優先されることになり、同商店もその責任上、その残余の返還金をもつて被控訴人に対し本件弁済を行つたものであるから、その当時の尾方商店の資産状況を勘案するとしても、これをもつて、被控訴人と尾方商店との間に他の債権者を害してまで被控訴人に優先的に弁済しようとする通謀があつたとは判断できず、したがつて、本件弁済行為をもつて他の債権者を害する行為であるということはできない。
四 よつて、控訴人らの主位的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
第二予備的請求について
控訴人らは、予備的に本件担保設定の合意が詐害行為であるとしてその取消しを求めるものであるが、昭和五一年四月一七日尾方商店が被控訴人との間に本件担保設定の合意をしたこと、被控訴人が右合意に基づき締結された本件代理受領契約及び昭和五一年四月三〇日の質権設定契約に基づいて、昭和五二年五月一〇日横浜ステーションビルから金六〇九万五二一一円を取立ててこれを尾方商店の被控訴人に対する債務に充当し、また昭和五二年六月五日尾方商店から金五一万九五五九円の弁済をうけたことは当事者間に争いがない。しかし、右争いのない事実から明らかなように、本件担保提供の合意は、その履行として本件代理受領契約及び右質権設定契約がなされてはじめて各債権を尾方商店の一般財産から逸出させる効果を有したのであり、右合意自体はいまだそのような効果を有しないというべきである。それのみならず右合意のなされた昭和五一年四月一七日当時の尾方商店の営業状態、その前後の被控訴人と尾方商店との取引の経緯について前記主位的請求に対する判断中に述べたところに照らせば、被控訴人には右合意が一般債権者を害するとまでの認識はなかつたことが推認されるのである。してみればその余の点を判断するまでもなく、本件担保提供の合意は尾方商店の債権者を害する行為であるとはいえないといわざるをえず、控訴人らの予備的請求は理由がない。
第三結論
したがつて、控訴人らの主位的請求(変更前)を棄却した原判決は結局相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却し、主位的請求のうち当審において拡張した部分を棄却し、また、当審における予備的請求を棄却する
(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 片岡安夫 小林克已)